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京都地方裁判所 平成9年(ワ)2708号 判決 1999年9月13日

京都府宇治市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

杉島勇

右同

杉島元

右同

木内哲郎

東京都中央区<以下省略>

被告

東京三菱パーソナル証券株式会社(旧商号 菱光証券株式会社)

右代表者代表取締役

大阪市<以下省略>

被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

松下照雄

右同

鈴木信一

右同

本杉明義

右同

池田秀雄

右同

雨宮啓

右同

宮﨑拓哉

主文

一  被告らは原告に対し、各自金三四三万七五九五円及びこれに対する被告東京三菱パーソナル証券株式会社については平成九年一〇月二八日から、被告Y1については同月二四日から各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは原告に対し、各自金一二一六万二七三九円及びこれに対する被告東京三菱パーソナル証券株式会社(以下「被告会社」という)については平成九年一〇月二八日から、被告Y1(以下「被告Y1」という)については同月二四日から各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告会社を通して日経平均株価指数オプション取引をして損失を出した原告が、被告会社による原告に対する右取引の勧誘(以下「本件投資勧誘」という)が不法行為であり、右損失は右不法行為による損害であるとして、その賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実並びに証拠(甲一、六、乙一、三ないし五、九、一〇、原告本人)及び弁論の全趣旨によって明らかに認められる事実

1  原告は、昭和○年○月○日生まれの専業主婦であり、最終学歴は尋常高等小学校卒業であり、昭和五五年に京都府の○町職員を退職した。被告会社は大蔵大臣の免許を受けた証券会社である。

2  原告は、平成元年一一月三〇日に被告会社(京都支店)に取引口座を開設して証券取引を開始した。

3  被告Y1は、被告の外務員であって京都支店に勤務しており、平成八年七月ころから原告を担当者していた。

4  原告は、被告Y1の勧誘(以下「本件投資勧誘」という)によって、平成八年一〇月二三日被告会社に株価指数オプション取引口座を設定し、同月二九日から平成九年六月一三日までの間日経平均株価指数オプション取引(「日経225オプション取引」ともいう)を行い(以下「本件オプション取引」という)、これによって金一〇〇〇万円を超える損失を計上した。

5  (オプション取引について)

(一) オプション取引とは、金融派生商品(いわゆるデリバティブ)の一つであり、オプションとは、特定の商品(株式、債券、通貨等)を、将来の一定期日または期間内にあらかじめ決めた価格で買付を行ったり、売付を行ったりする権利のことをいう。買い付ける権利を「コール・オプション」(以下「コール」という)、売り付ける権利を「プット・オプション」(以下「プット」という)といい、あらかじめ定められた価格を「権利行使価格」、あらかじめ定められた期日を「満期日」という。原告が行った日経平均株価指数オプション取引は、日経平均株価を取引対象とするもので、満期日にしか権利行使ができないいわゆる「ヨーロピアンタイプ」に属し、大阪証券取引所が執行している。満期日は各月の第二金曜日(休業日に当たるときは順次繰り上げる)である。

(二) オプションの買い手は、売り手に対し、「プレミアム」と呼ばれる対価を払う。買い手と売り手は、満期日までに、買い付けあるいは売り付けたオプションそのものを反対売買によって決済することができる。買い手は、満期日に権利行使することも、権利を放棄することも可能である。売り手は、買い手が権利行使すれば、これに応じなければならない。もし買い手が権利行使できないまま満期日を迎えれば、プレミアムが売り手の利益となる。

(三) オプション取引は、コールの売り、買い、プットの売り、買いの四つが基本型である。コールの買いの場合は、株価が上昇して権利行使価格とプレミアムの合計額を上回れば、その差額が利益となり、株価がどんなに下落しても、損失はプレミアムに限定される。プットの買いの場合は、株価が下落して、権利行使価格からプレミアムを差し引いた額を下回れば、その差額が利益となり、株価がどんなに上昇しても損失はプレミアムに限定される。コールの売りの場合は、株価が権利行使価格を上回らない限り、プレミアムが利益となるが、株価が権利行使価格とプレミアムとの合計額よりも上昇するにつれて損失が拡大して、上限がない。プットの売りの場合は、株価が権利行使価格を下回らない限りプレミアムが利益となるが、株価が権利行使価格からプレミアムを差し引いた額よりも下落するにつれて損失が拡大して、上限がない。

(四) オプション取引は、右基本型を組み合わせて様々な手法を使うことができる。代表的なものとして、次のものがある。

(1) ストラングルの売り

同一満期日の異なる権利行使価格のコールとプットを同時に売る取引である(通常は、高いコールと低いプットを売るが、逆に低いコールと高いプットを売る場合もある)。株価の変動が小幅になると予想したときの戦略であり、株価が二つの権利行使価格の間に入ると利益(プレミアム分)が出るが、逆にこれを超えて株価が大きく変動すると、大きな損失を被ることになる。

(2) ストラングルの買い

同一満期日の異なる権利行使価格のコールとプットを同時に買う取引である。上昇するか下落するかは判断がつかないがいずれにせよ株価が大幅に変動すると予想したときの戦略であり、株価が二つの権利行使価格の間に入ると損失(プレミアム分)が出るが、逆にこれを超えて株価が大きく変動すると、大きな利益が出ることになる。

(3) ストラドルの売り

同一満期日の同じ権利行使価格のコールとプットを同時に売る取引である。株価の変動が小幅になると予想したときの戦略であり、株価の変動が小幅であれば利益が出るが、逆に株価が大きく変動すると、大きな損失を被ることになる。ストラングルの売りと比べると、プレミアムが高額だが、利益を出す株価変動の幅は小さい。

(4) ストラドルの買い

同一満期日の同じ権利行使価格のコールとプットを同時に買う取引である。上昇するか下落するかは判断がつかないがいずれにせよ株価の変動が大幅になると予想したときの戦略であり、株価の変動が小幅であれば損失が出るが、逆に株価が大きく変動すると、大きな利益が出ることになる。ストラングルの買いと比べると、プレミアムが高額だが、より小幅の株価変動で利益を生じる。

(五) オプション取引を理解するためには、プレミアムの形成要因を把握する必要がある。プレミアムは、本質的価値(市場価格と権利行使価格との差)と時間価値との合成である。時間価値は、満期までの原証券価格の変動性の大きさ(ボラティリティ)、満期までの残存期間、短期金利、配当率等が要素となっている。

二  当事者の主張

1  原告

(一) 本件投資勧誘は、次の点で法令、通達等に抵触しており、全体として社会的相当性を逸脱して違法であり、不法行為を構成する。

(1) 適合性原則違反

① 証券会社は、投資勧誘に際して、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験等に鑑みて不適合な取引を勧誘してはならない。この適合性原則は、証券取引の世界を規律する一般原則であり、証券取引法五四条一項一号、二号にも明文化されている。更に、証券会社の健全性の準則に関する省令第八条五号には、大蔵大臣が業務の方法について変更を命じることができる場合として、「有価証券指数等先物取引、有価証券オプション取引又は外国証券市場先物取引の委託について、顧客の知識、経験及び状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者保護に欠けることになっており、また欠ける恐れがある場合」を掲げている。同法五四条の適合性原則は、私法上の法的義務を定めた規定であって、単なる取締規定ではないと解するべきである。なぜなら、この原則は、顧客と証券会社との関係を規律する内容をもった規定であり、そう解することが、投資者保護の立法目的を実現するために必要であるからである。

② 原告は、低学歴で職業経験も乏しい高齢の主婦であり、オプション取引のように複雑、難解な仕組みで、且つ危険性の高い取引を理解する知識も能力もない。このような投資家にオプション取引を勧誘したこと自体、適合性原則に違反している。

(2) 説明義務違反

① そもそも証券取引自体が経験の乏しい者にとっては非常に危険なものである上、取り分けオプション取引は、特に危険で難解であるから、証券会社は、一般投資家にオプション取引を勧誘するに当たっては、取引の内容、仕組み、危険性等を詳しく説明する契約上、信義則上の義務がある。

② 証券取引法四七条の二は、「証券会社は、次に掲げる取引に係る契約(有価証券オプション取引も含む)を締結しようとするときは、あらかじめ顧客に対し、これらの取引の概要その他大蔵省令で定める事項を記載した書面を交付しなければならない」とし、証券会社に関する省令二条の一三第二項は、「法四七条の二に規定する大蔵省令で定める事項は同条各号に掲げる取引に伴う危険に関する事項とする」としている。これらの条項の趣旨は、これらの取引が少額の証拠金で大きな取引が可能である反面、リスクの大きな取引であるところから、証券会社がこれらの取引に係る契約を締結しようとするときは事前に顧客に対してこれらの取引の概要等を記載した書面を交付させることを義務づけることにより、投資者保護を図ろうとするものである

② しかるに、被告Y1は、原告に対し、オプション取引の仕組み、利用方法、リスクについて殆ど説明しないで本件投資勧誘をした。

(二) よって、被告Y1は民法七〇九条の不法行為責任を、被告会社は同法七一五条の使用者責任を負うので、各自連帯して、本件オプション取引の結果生じた損失金一〇一六万二七三九円及び弁護士費用金二〇〇万円の合計一二一六万二七三九円及びこれに対する訴状送達の翌日から各支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  被告

(一) 適合性原則違反の主張に対し

(1) 証券取引法五四条一項、証券会社の健全性の準則等に関する省令八条は、証券会社に対して顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行うことを戒めているが、これは大蔵大臣の行政処分発動要件の一つであり、日本証券業協会公正慣習規則等においても証券会社に投資者の意向及び実情に即した取引を行うことを求めているが、これは証券市場の健全な発展のために定められた規制であり、いずれも証券会社が個々具体的な投資者に対し、直接法的義務を負うことを定めたものではない。

(2) もし、証券会社が投資者に対して投資者の投資経験等に適合した勧誘を行う作為義務を負い、その義務違反があれば直ちに損害賠償責任を負うとするならば、証券会社に投資者の投資経験等の調査権限が認められなければ不合理である。

(3) 証券取引においては自己責任が原則であり、投資家は自らの意思と判断に基づいて証券投資に関する決定を行うものであり、証券会社及びその営業担当者の勧誘行為は意思決定の一判断材料にすぎないものであって、証券会社に投資者の取引経験等を調査した上勧誘すべき義務はない。

(4) 次のとおり、本件において適合性原則違反の事実は存在しない。

① 原告は、証券取引についての知識及び経験を豊富に有する投資家である。即ち

ア 平成元年一一月三〇日に原告名義証券口座を開設して証券取引を開始し、その後約八年間にわたって被告会社と株式現物取引を中心として転換社債、投資信託等の証券取引を行ってきた。

イ のみならず、原告は、夫B、長女C、次女D、妹E名義の各証券取引口座まで開設して、自ら様々な証券取引を行ってきた。

ウ 原告は、「日本債券ベア型オープン」というハイリスク・ハイリターンの投資信託に対する投資を継続的に行ったという経歴まである。

エ 原告は、被告のみならず、野村証券その他の証券会社においても証券取引を行ってきている。

② 原告は、本件オプション取引を開始するに際して、被告会社の預かり資産に関する取引開始基準である金二〇〇〇万円を大幅に超える金四〇〇〇万円以上の資産を預託しており、資産的にも全く問題がなかった。

③ 本件オプション取引は、平成八年一〇月二二日に原告、被告Y1及び同被告の上司である訴外F(以下「F」という)が約三〇〇万円の損失を出した日本債券ベア型オープンに関する投資方針の決定及び右三〇〇万円の損失の挽回方法に関する協議を行っていた際、原告から「何か取り戻す方法はないのか。先日Y1から聞いたオプション取引はどうなのか」との話が出されたことをきっかけとして始まったものであり、このように、原告は、既存の投資方法以外にも、損失の挽回に向けて自ら積極的な投資意向を有していた。

(二) 説明義務違反の主張に対し

(1) 原告が、説明義務の法的根拠として掲げる証券取引法四七条の二、証券会社に関する省令二条の一三第二項等は、オプション等の契約締結に際して証券会社等に、公法上、取引の概要等を記載した書面の交付義務を規定したものであって、証券会社の顧客に対する私法上の説明義務を直接規定したものではない。

(2) もし、証券会社が顧客に対し法的義務として商品説明義務等の作為義務を負担するとするならば、証券会社は顧客が商品に関する説明や情報提供を求めてくれば、これにすべて応じなければならないことになってしまうが、これでは証券会社の業務は麻痺をきたしてしまう。

(3) 証券会社は、取り扱う商品に関する情報を豊富に有しているから、投資者からその情報等の提供を求められればこれに応じているが、これは法的義務の履行としてなしているのではない。

(4) したがって、証券会社が法的義務として説明義務を負うことは原則としてあり得ない。但し、今日のように証券市場の発展に伴って、多数の新商品(オプション取引もその一つである)が誕生する状況にあっては、顧客は次々と誕生する新商品に関する情報等を把握しきれないから、例外的に具体的な事情によっては、顧客に対して新商品に関する説明をなす法的義務を信義誠実の原則に基づいて負担する場合があり得る。しかし、これを認めるのは、証券取引の自己責任の原則に鑑みても慎重であるべきであり、仮にこれが肯定される場合であっても、本来は投資者が資料収集を行うべきものであるから、証券会社は、その新商品の基本的仕組みとリスクについて説明を行えば充分である。

(5) 本件取引開始に当たっては、被告Y1及びFが原告に対し、次のとおり充分な説明をしている。

① 平成八年九月ころ、被告Y1は、原告から「他の人は今どんなことをやって儲けているの」と質問されたことに応じて信用取引やオプション取引の話をしたが、その際、オプション取引とは、日経平均株価という相場全体の動きに対して投資するものであること、株式相場が膠着ないし揉み合い状態でも利益が取れる可能性があること等、概略的な説明をした。

② 同年一〇月二二日、被告Y1とFが原告宅を訪問し、原告に対し、約一時間強の時間をかけてオプション取引の説明を詳細に行った。その説明内容は、

ア オプションとは、日経平均株価を将来の一定期日にあらかじめ決められた価格で売買する権利のことであり、この権利を売買するものがオプション取引であり、買う権利を「コール・オプション」、売る権利を「プット・オプション」と呼ぶこと

イ 「コール・オプション」の売りと買い、「プット・オプション」の売りと買いの四手法について、どのような場合にどのような利益を得、損失を被るのか

ウ 最大リスクは、「コール・オプション」の買い、「プット・オプション」の買いでは買付代金であるプレミアムに限定されるが、「コール・オプション」の売り、「プット・オプション」の売りでは無限大であること

エ 日経平均株価水準が膠着、揉み合いの状態が続く場合に利益を得る手法である「ストラングル」の売りの仕組み、これは権利行使日における日経平均株価が予測したある一定の範囲内に収まれば利益を取れる取引であること

等にわたる。原告からの質問もなされた。そして原告は、オプション取引の仕組みを充分理解した上で、「株価指数オプション取引に関する確認書」「株価指数オプション取引口座設定約諾書」に署名押印を行い、手持ちの有価証券をオプション取引の証拠金代用有価証券として被告に預託して本件オプション取引を開始したものである。

第三当裁判所の判断

一  第二の一の事実に証拠(乙一ないし七、九ないし四〇、四四の1ないし3、四五ないし五一、五三の1ないし9、証人F、原告本人、被告Y1本人)を総合すると次の事実が認められる(原告本人の供述のうち、これに抵触する部分は信用できない)。

1  原告は、昭和一七年ころa小学校を卒業し、昭和二三年ころ京都府○町(現在の○市)の職員になり、小学校の事務職員等として稼働し、給与計算等の事務を担当し、昭和五五年退職した。夫B(以下「B」という)は、農業に従事する傍ら、日用雑貨の個人商店を営んでいる。

2  原告は、平成元年一一月三〇日に被告会社(京都支店)に取引口座を開設して証券取引を開始した。投資の原資は退職金であった。原告は、それ以前から訴外野村証券株式会社を利用して証券取引をしていたが、被告会社での取引開始時に被告会社に対し、投資経験としては中期国債ファンドのみと申告している。

3  原告は、被告会社での取引開始後、当初は主として中期国債ファンド、長期国債ファンド、MMF、上場株式等安定を重視した取引をしていたが、徐々に転換社債、投資信託、外国債券、外国投資信託等に取引の範囲を拡げ、リスクの大きい取引もするようになり、平成七年九月からはハイリスク・ハイリターン商品である日本債券ベア型オープンの取引を始め、平成八年七月ころには約一七〇〇万円の資金をこれに注ぎ込んでいた。

4  なお、原告は、被告会社との間で、遅くとも平成元年一二月ころからは次女D名義で、平成二年一月ころからは長女C名義で、同年七月ころからは妹E名義で、平成四年七月ころからはB名義でそれぞれ、証券取引口座を開設して、自己名義の取引と同様の様々な証券取引を行ってきた。

5  Bは、京都府宇治市内に自宅土地建物を所有しているほか、同府城陽市内に畑を、同府久御山町内に田を所有している。また、本件オプション取引を開始した当時、原告は、被告会社に自己及び4の家族親族名義で、金四〇〇〇万円を超える株式、投資信託等を預託していた。

6  平成八年七月ころ、被告Y1が原告の担当者となった。その際被告Y1は、前任者のGから、二週間に一度は値段表(原告が原告及び家族親族名義で所有している証券の明細に各商品の時価を書き加えたもの)を届けるようにとの指示を受け、以後この指示に従った。被告Y1が原告の担当になって以降、被告Y1の勧めがないのに原告から買い注文があった株式としては、ニッセン、JR西日本、阪急電車の各株式がある。また、被告Y1が神戸製鋼の株式を売却して日新製鋼の株式の購入を勧めたのに対し、原告がこれを断ったこともあった。もっとも原告が購読している日刊紙は毎日新聞のみであって日本経済新聞は購読しておらず、原告は、毎日新聞の株式欄も時折見る程度であって、所有証券の値段の動き等は右値段表で把握していた。

7  同年九月ころ、被告Y1が原告に対し、原告が購入していた日本債券ベア型オープンに約二〇〇万円の含み損が発生している旨告げたところ、初めてそのことを知った原告は、同被告に対して激しい怒りをぶつけた。その後原告から、「他の人は、今、どんなことをやって儲かっているの」との質問が出た。被告Y1が、相場の下落によって利益を得ることができる信用取引の売り建ての話をしたところ、原告は、個別銘柄の業績等を判断していくことに乗り気でなかった。そこで被告Y1が、日経平均株価指数オプション取引の話をしたところ、原告はこれに興味を示した。

8  同年一〇月に入り、原告の日本債券ベア型オープンの含み損が約三〇〇万円に拡大した。被告Y1は、同月二二日、原告と善後策を協議するため、上司である被告会社京都支店営業課長のF(以下「F」という)とともに原告方を訪ね、原告に対し、右拡大の事実を告げたところ、原告は怒って、被告会社との取引を止めるとまで言った。その後、被告Y1とF及び原告は、原告方玄関先で、約一時間にわたって協議をした。その協議の内容及び結果は次のとおりである。

(一) 日本債券ベア型オープンは解約することとなった。

(二) 原告から、「この三〇〇万円の損を取り戻す方法はないのか、前に聞いたオプション取引はどうなのか」との質問が出たので、被告Y1とFは、株価指数オプション取引の説明をした。その説明の主な内容は次のとおりである。なお、被告Y1とFは、これらの説明を日経平均株価指数オプションの当日の価格表を示して具体的に行い、オプションの売り付け取引のリスクについては、保険契約の保険事故を例に出して、具体的に説明した。

(1) 株価指数オプションとは、株価を将来の一定期日にあらかじめ決められた価格で売買する権利のことであり、この権利を売買するものがオプション取引であり、買う権利を「コール・オプション」、売る権利を「プット・オプション」と呼ぶこと

(2) 「コール・オプション」の売りと買い、「プット・オプション」の売りと買いの四手法について、どのような場合にどのような利益を得、損失を被るのか

(3) 最大リスクは、「コール・オプション」及び「プット・オプション」の各買いでは買付代金であるプレミアムに限定されるが、「コール・オプション」及び「プット・オプション」の各売りでは無限大であること

(4) 日経平均株価水準が膠着、揉み合いの状態が続く場合に利益を得る手法である「ストラングル」の売りの仕組み(もっとも「ストラングル」という言葉は出していない)、これは権利行使日における日経平均株価が予測したある一定の範囲内に収まれば利益を取れる取引であること

(三) 被告Y1とFは、原告に対し、日本証券業協会等発行の「株価指数オプション取引説明書」(乙四)、大阪証券取引所発行の「日経225オプション取引のすべて」(乙九)、社団法人証券広報センター発行の「株価指数先物取引、株価指数オプション取引解説ハンドブック」(乙一〇)を交付した。

(四) 被告Y1とFは、原告に対し、「私の判断と責任において日経平均株価オプション取引を行う」旨記載された「株価指数オプション取引に関する確認書」(乙六)及び「株価指数オプション取引口座設定約諾書」(乙七)への署名押印を求め、原告はこれに応じた。

(五) Fが、オプション取引をするには委託証拠金が必要であることを説明すると、原告は、保護預り証券の預り証を持ち出した。被告Y1とFは、オプション口座開設の手続に二、三日かかることを説明し、保護預かり証券は、その時に担保にいれてもらう旨説明した。

9  同月二五日、原告は、手持ち有価証券を証拠金代用有価証券として被告会社に預託した。

10  同月二九日ころ、被告Y1が原告に電話をし、当日の日経平均株価が二万一〇〇〇円の水準であることを説明し、一一月の満期日である同月八日の相場が一万九五〇〇円から二万二〇〇〇円の範囲に納まるのではないかとの予想を示し、一一月限月(一一月の第二金曜日を満期日とする商品の意味、以下同じ)の二万二〇〇〇円のコール一単位と一万九五〇〇円のプット一単位を同時に売り建てするストラングルの売りの取引を勧誘した。原告は「じゃあ、そうして」と答えた。その際原告は、「日経平均株価を直ぐに知る方法はあるの」と質問し、被告Y1は「テレビの昼や夜のニュースでやってますよ」と答えた。このようにして本件オプション取引が始まった。

11  本件オプション取引が継続していた期間中、被告会社から原告に対し、取引が成立する度に「取引報告書」が、毎月一回は「残高照合通知書」がそれぞれ送付された。

12  本件オプション取引の具体的経過は、別表のとおりである。最終的な原告の損失額は金一〇一二万五三一八円である。別表によると、本件オプション取引の特徴として次の点が指摘できる。なお、原告の担当は、本件オプション取引開始当初は被告Y1であったが、平成九年二月ころ被告Y1が原告の信頼をなくしてFに交代し、同年四月ころからはFも原告の信頼をなくしたことから、再び被告Y1が担当するようになっている。

(一) 平成九年一月限月の取引において、ストラドルの売りを、同年四月限月においてプットの買いを、同年五月限月においてプットの買いを、同年六月限月においてコールの売り及び買いをした以外には、すべてストラングルの売りの仕法を使っている。

(二) 最初に大きな損失(金二四八万円余)が発生した平成九年一月限月の取引は、ストラングルの売りよりもリスクの大きいストラドルの売りであった。

(三) その後のストラングルの売りは、それまでが高いコールの売りと低いプットの売りを組み合わせたものだったのに対し、低いコールの売りと高いプットの売りを組み合わせたものとなっている(したがって、ストラングルを売りることによって取得できるプレミアムが一挙に高額になっている)。

(四) 平成九年三月限月の取引で約金一六二万円余、同年五月限月の取引で約金二六五万円余の損失が発生した。コールの売りの買い戻しで金三三三万五〇三四円の損失を計上した同年五月七日、当日の日経平均株価が二万〇〇四八円であったのに、同年六月限月の一万七五〇〇円のプット三単位を売り、プレミアムとして金五九五万四七四八円を受け取っている。しかし、同月二二日には今度は同年六月限月の二万〇五〇〇円のプット三単位を買っている。そして、前者が行使され、後者も行使したが、結局同年六月限月で金四七一万六八九三円の損失を計上する結果となった。

12  本件オプション取引は、すべて被告Y1ないしFが相場判断を示すと共に取引を勧め、原告が勧められるままこれに応じたものである(なお、一部には、被告Y1が緊急を要するとして先に取引をし、原告の事後承諾を得た場合すらある)。原告から、被告Y1やFが示した相場判断に異論が示されたり、原告が被告Y1やFが勧めた取引を断ったり、原告から積極的に被告Y1やFに取引を指示したことはなかった。

二  以上の事実に基づき判断する。

1  適合性原則違反の主張について

(一) 原告は、高齢の主婦であり、退職金を原資にした証券取引によって財産の増殖を図ろうとした一般の個人投資家である。もっとも、単に資産株を保有するだけでなく、しばしば株式の売買をしており、株式や公社債投信のみならず、様々な投資信託等に取引の対象を拡げ、本件オプション取引開始前にはハイリスク・ハイリターン商品である日本債券ベア型オープンに金一七〇〇万円もの資金を注ぎ込んでいたのであるから、高い投資意欲を持つ投資家であり、また、美野田や被告Y1に対して二週間に一度保有商品の値段表を持参させるなど、その姿勢は積極的であったということができる。

もっとも、原告は、自ら商品の値動きを把握しておらず、被告会社から二週間に一度届けられる値段表によってこれを把握していたものであり、そのため日本債券ベア型オープンが含み損を生じていることを被告Y1から伝えられるまで知らなかったのであるから、被告会社に対して依存する姿勢が強い顧客であったというべきである(前認定のように、原告が上場企業の安定した株式の取引について、被告Y1の勧めがないのに、あるいはこれに従わないでしたことがあったとしても、右評価を左右しない)。

(二) ところで、オプション取引は、次の理由で、長い投資経験と深い知識を有する者でない限り、多くの個人投資家には適合しないというべきである。

(1) 投資判断の困難性

オプション取引は、その仕組みが難解である。「売る権利」「買う権利」の売買という概念自体の理解が容易でない。使われている用語も聞き慣れない。対象となる商品が「株価指数」という抽象的なものであり、その値動きの分析には高度の専門性と情報力を要する。また、プレミアムの形成要因の理解、その変動の予測も真に困難である。オプション取引市場の投資主体は、証券会社、機関投資家及び海外投資家が大部分を占めており、日経平均株価オプション取引の平成八年における国内の個人投資家が占める割合は、コールの取引において約八・五パーセント、プットの取引において約六・六パーセントにすぎない(甲一)。オプション取引をする個人投資家は、豊富な情報を基に株価指数やボラティリティを統計的に予測しながら取引を行っている機関投資家らと取引を行わなければならないのである。

(2) 満期日の存在

オプション取引には満期日があり、その日までに、反対売買するか、権利行使するか放棄するかを決断しなくてはならない。このことがより適切な投資判断を困難にしている。

(3) ハイリスク

現物投資と比較して、使用する資金に対する損益の比率が大きくなる(レバレッジ効果)。即ち、ハイリターンが期待できる反面、ハイリスクの可能性があるのである。とりわけ、コール、プットの売り手は、損失額が無限定である。

(4) もっとも、オプション取引には、右のリバレッジ効果の外にも、リスクヘッジ効果(保有株式の値下がりのリスクのヘッジとしてプットを買ったり、購入予定株式の値上がりのリスクのヘッジとしてコールを買う等の方法でリスクの分散を図ることができる)や多種多様な投資戦略が可能になる(例えば、相場が動かなかった場合でも利益を得ることができる)等、現物投資にはないメリットがある。しかし、リスクヘッジが必要なのは大量且つ広範な種類の銘柄を保有している機関投資家であって、個人投資家にとってはその必要性は一般的には乏しいと考えられる。

(5) そうすると、個人投資家でオプション取引に適合するのは、投資家の方からハイリスクを承知で積極的にこれを希望する場合を除き、資金力と長い投資経験があり、証券取引、取り分けオプション取引についての深い知識と理解を有し、他の取引ではできない投資戦略をとる必要がある場合に限られるというべきである。

(三) 本件においてこれを見るに、本件オプション取引が原告からの積極的な希望によって開始された場合に当たるとは言えない。もっとも本件オプション取引開始当時、原告には相応の資金力もあったし、投資経験も年数としては充分なものがあったというべきであるから、原告がオプション取引の仕組みを十分理解して本件オプション取引を始めたのであれば、本件投資勧誘が必ずしも一概に適合性原則に違反するということはできない。そこで、適合性原則違反の主張に対する判断をひとまず終えて、続いて説明義務違反の主張に対する判断に移ることとする。

2  説明義務違反の主張について

前認定の事実によれば、被告Y1とFは、原告に対し、オプション取引の基本的仕組み及び危険性については口頭で説明しており、更にオプション取引の解説書等を三冊も交付しているから、原告がその説明を理解したのであれば、一応の説明義務は果たしたというべきである。しかしながら、説明義務とは、単に説明すべき事項を顧客の面前で述べれば果たされるのではなく、これを顧客に理解させて初めて説明義務が果たされたと言えるのである。顧客が説明を理解したか否かは説明時の相互のやり取りの中で証券会社の担当者にも自ずから判断のつくことであって、もし理解されていなければ、説明方法が稚拙であるか、そもそも顧客にその説明を理解する能力がないかであって、もし後者であれば、そのような顧客はオプション取引に適合しないというべきであって、その投資勧誘は、そもそも適合性原則に違反する投資勧誘であったということになる。

3  そこで、原告が被告Y1やFの説明を理解していたか否かについて検討するに、次の事実によれば、原告は、オプション取引の仕組みや危険性について殆ど理解していなかったと認めるのが相当である。

(一) 本件オプション取引は、大部分は被告Y1ないしFが相場判断を示すと共に取引を勧め、原告が勧められるままこれに応じるという形で、その余は、被告Y1が、原告の了解もなしに取引をし、原告の事後承諾を得るという形でなされた。原告が自らの判断で取引を指示したことはなく、被告Y1やFの勧めを断ったこともなく、その勧誘内容に疑問を述べたり、事後報告に苦情を述べたりした形跡すらない。すなわち、原告は、全面的に被告Y1やFに依存していたのであって、自ら投資判断をしていないというべきであり、する能力もなかったと推認される。

(二) 本件オプション取引は、ストラングルの売りから始まり、その後の取引も殆どが売りであった。また、最初に大きな損失を出した平成九年一月限月の取引は、ストラングルの売りよりも更にリスクの大きいストラドルの売りであった。日本債券ベア型オープンの取引による損失の発生の際に、厳しく怒り、被告会社との取引を止めるとまで言うほど損失発生に敏感であった原告が、いきなり損失が無限大となる危険性のある売りから入り、しかもその後も売りを繰り返したのは、原告がそのリスクを正しく理解していたとすれば、首肯し難いことである。

(三) 平成九年一月一六日にプットを行使されて金二六三万四四一四円の損失を生じたが、同日には同年二月限月のコール四単位(一万七五〇〇円が二単位、一万八〇〇〇円が二単位)を売り、プレミアム合計二三二万六二三四円を得て、右損失を累計では帳消しにしている。同様に、同年三月一九日にプットを行使されて金一六六万三四三九円の損失を生じたが、同日、同年四月限月のプット一単位及びコール一単位を売り、プレミアム合計一八七万二五五五円を得て、右損失を累計では帳消しにしている。次いで、同年五月七日にはコールを買い戻しせざるを得なくなり金三三三万五〇三四円の損失を生じたが、同日、当日の日経平均株価が二万〇〇四八円であったのに同年六月限月の一万七五〇〇円のコール三単位を売り、金五九五万四七四八円のプレミアムを得て、右損失を累計では帳消しにしている。

この取引経過を見ると、累計で損失を計上しないことだけを至上目的として取引が行われているように窺われる。そのため高額のプレミアムの取れる(従って、将来権利行使されて多額の損失を被る可能性の高い)プットないしコールを売り(したがって、帳簿上は累計としての損失は計上されないが、現実には、極めて大きなリスクを抱えることになる)、結果として、大きな損失を出し、これを帳消しにするため、更に危険な売りをしてより大きなリスクを抱え、リスクのみが雪だるま式に拡大する結果となっている。特に平成九年五月九日に一万七五〇〇円のコールを売っているが、これは、権利行使日までの約一か月の間に右株価が約二五五〇円以上下落しないと権利行使される結果となる一か八かの極めてリスクの大きな取引であって(それ故、プレミアムも一単位当たり二〇〇万円近い高額である)、果たして、権利行使日(第二金曜日)である同年六月一三日の右株価は金二万五二八円三四銭であったから(乙五三の9)、権利行使を受けた結果、この取引だけで金一〇〇〇万円を超える損失を被ったのである。累計で損失を計上しないために、損失を先送りにした結果、最終的に莫大な損失を被ることになってしまったのである。

Fは、この手法を「ロールオーバー」といい、原告の了解を得てこの手法を採用した旨供述するが信用できない。なぜなら、この手法は、損失を先送りして決算期等を乗り切りたい会社等にはメリットがあるだろうが、個人投資家にとって、そして原告にとっても、リスクが急速に拡大するデメリットはあっても、何らメリットが考えられないからである。

そして、被告Y1やFからこのような取引を勧められた原告が、何らの異議を述べることもなくこれを承認したということは、原告がオプション取引の仕組みや危険性について全く理解していなかったことを裏付けていると言う外はない。

なお、右のロールオーバーの手法は、原告から全面的な信頼を得て本件オプション取引を勧誘していた被告Y1やFにとってみれば、損失が出ていることを原告に秘匿し(勿論、オプション取引の仕組みを理解している顧客であれば、前記「取引報告書」や「残高照合通知書」を見れば、その実体は容易に理解できるが、原告が、「残高照合通知書」のうち入出金の状況だけしか見ず、それ以外の部分を理解できなければ、「秘匿」という評価もあながち的外れではない)、原告との取引の破局を先延ばしして挽回のチャンスを得るメリットがあったことは考えられる。

4  そうすると、被告Y1及びFの説明にも係わらず、原告は、オプション取引の仕組みや危険性について殆ど理解していなかったのであって、被告Y1やFが一応の説明をしていることに鑑みれば、そもそも原告にはその能力がなかったと認めるのが相当である。そして、原告がオプション取引についての説明を理解していないことは、被告Y1やFが、自分たちがした説明に対する原告の反応やその後の原告の対応から判っていたか、少なくとも容易に判り得たと考えられる。

前記のオプション取引の危険性、投資判断の困難性等に鑑みれば、個人投資家に対するオプション取引の勧誘は、その投資家がオプション取引の仕組みや危険性を理解する能力があることが絶対の必要条件であると言うべきであって、そうすると、原告に対する本件投資勧誘は、適合性原則に違反するものであったと結論づけざるを得ないのである。

三  (本件投資勧誘が不法行為になるか)

1  証券取引法五四条一項は、一定の場合に大蔵大臣が証券会社の業務方法の変更を命じること等ができることを規定しているが、同項一号は、その場合として、「有価証券の買付け若しくは売付け又はその委託について、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており、又は欠けることとなる恐れがある場合」を上げている。また、証券会社の健全性の準則に関する省令第八条五号には、大蔵大臣が業務の方法について変更を命じることができる場合として、「有価証券指数等先物取引、有価証券オプション取引又は外国証券市場先物取引の委託について、顧客の知識、経験及び状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者保護に欠けることになっており、また欠ける恐れがある場合」を掲げている。これらは、「証券会社は、投資勧誘に際して、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験等に鑑みて不適合な取引を勧誘してはならない」との、いわゆる「適合性の原則」を規定したものと解することができる。

2  もっとも、これらの行政的取締法規に違反する投資勧誘をしても、そのことによって直ちにその投資勧誘が私法上の違法性を備えるものではない。しかし、取締法規に違反する投資勧誘が社会的に許容される範囲を逸脱する程度にまで至れば、その投資勧誘は、私法上違法との評価を免れないというべきである。

3  ところで、オプション取引は、前記のように、様々な有用性はあるものの、難解且つ危険な取引であって、多くの個人投資家には適合しない取引である。したがって、個人投資家に対してオプション取引を勧誘する証券会社の外務員としては、その顧客の資産、取引経験、社会経験、知的能力等を総合的に勘案して、その顧客がオプション取引の仕組みと危険性を理解することを可能とする能力と取引経験及び社会経験を有していると認められる場合にのみ、これを勧誘すべきであって、そうでない場合には、これを勧誘してはならない注意義務を有していると解すべきである。

本件において、被告Y1は、同Fとともに、原告の能力不足が原因で、原告がオプション取引の仕組みや危険性について理解していないことを知りながら、あるいは容易にこれを知り得たのに、オプション取引設定口座を設定させ、以後個別の取引を勧め、損失を計上してからは、原告から全面的な信頼を得ていること及び原告がオプション取引の仕組みを理解していないことに乗じて、原告の損失が明るみに出ないことを主たる目的として累次リスクの大きい取引に原告を誘い込み、原告に多大な損害を被らせたのであって、これを全体としてみると、社会的に許容される範囲を逸脱した投資勧誘であったと断ぜざるを得ず、これが原告に対する不法行為であると言わざるを得ないのである。

4  本件投資勧誘は、被告Y1及びFが途中交替しながら共同してなしたというべきであり、被告Y1は、民法七一九条一項により本件投資勧誘によって原告が被った損害を賠償する責任がある。また、被告Y1の使用者である被告会社は、民法七一五条により原告が被った損害を賠償する責任がある。

四  損害

1  本件オプション取引の結果、前記のように、原告は、金一〇一二万五三一八円の損失を計上した。

2  ところで、本件で被告らに賠償させるべき損害額を定めるについては、原告の過失も考慮すべきである。すなわち、前認定の事実によれば、原告は、相当長期間にわたる証券投資の経験があり、ハイリスク・ハイリターン商品の取引経験もある上、被告Y1及びFからオプション取引についての一通りの説明を受けており、少なくともこれがリスクの大きい取引であることは判ったはずであるのに、以後、被告Y1及びFを全面的に信用し、自ら投資判断することなく、勧められるままに、個別の取引を繰り返した結果、前記金額まで損失を拡大させたのである。証券投資は、自己責任が原則であって、自らの判断で取り引きを決断し、その結果は自らが引き受けなくてはならない。ハイリスク、ハイリターンの取引をしながら、自ら投資判断をすることなく、全面的に証券会社の担当者の勧めに従い、従ってさえいれば儲からせてくれるはずであると安易に考え、最終的に利益が出たか損失を計上したかの結果だけに関心を示し、損失がでれば担当者のせいであるとしてこれを叱責するという、証券投資家にあるまじき原告の安易な姿勢が、被告Y1らの本件不法行為を誘発したといっても過言ではない。

そして、この原告の過失を斟酌すると、原告が被った損失の三割を、被告らの不法行為による損害として賠償させるのが相当であると判断する。右損失額の三割は、金三〇三万七五九五円となる(一円未満四捨五入)。

(計算式)10125318*3/10=3037595.4

3  本件訴訟の性質、経過、認容額等に照らし、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、金四〇万円が相当である。

五  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、各自金三四三万七五九五円及びこれに対する被告会社については訴状送達の後であると認められる平成九年一〇月二八日(被告会社に対する訴状副本等の郵便送達報告書には、送達年月日欄に「平成九年一〇月一二日」との記載があるが、他方本件記録によると、本件訴状が受け付けられたのが同月二〇日、被告会社に対して訴状副本等が発せられたのが同月二二日であることが明らかであるから、右送達年月日欄の記載は信用できず、他に本件記録によっても被告会社に対する訴状副本の送達日を明らかにすることはできない。もっとも、右郵便送達報告書が京都地方裁判所で受け付けられたのが同月二七日であるから、被告会社には遅くとも同日までに訴状副本が送達されてものと認められる)から、被告Y1については訴状送達の翌日である同月二四日から各支払い済みまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきであり、その余は失当として棄却を免れない。

(裁判官 井戸謙一)

<以下省略>

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